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ー 旅と手仕事 ー

Tokyo Wandering Things vol.5 モノを買う、そして育てる

今日から4月、寒さが和らいで風が心地よく感じられる、大好きな季節がやってきました。色々な国に行って感じるのは、日本の今の季節は世界でも誇れるほど美しく、そして何より快適。外国人の友人に「日本に行くならいつがオススメ?」と聞かれたら間違いなく「3月下旬から4月」と答えています。花粉症の方にとってはツライ季節ですが、私にとっては我が家の東向きの窓を毎朝開けるのが楽しみな季節なのです。

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あたたかくなってくると何か行動を起こしたくなるのは、私だけではないと思いますが、明るい色の洋服が欲しくなったり、部屋のクッションを替えてみたくなったり、生活の中に新しいモノを取り入れたい欲求にかられる時期でもありますよね。ということで今回は「モノを買う」ことを仕事にする私が、「モノを買う」ことについて考えてみました。

コンビニがなくてもフランス人は困らない

先日、フランス在住の日本人の方が書いた「コンビニがなくてもフランス人が困らない理由」という記事を読みました。記事では「フランス人は、自分たちが生きていく中で必要なものだけを補充する」「足りない何かを工夫することでそれ自体を楽しむ」という事が書かれています。

コンビニがなくてもフランス人が困らない理由

私も昨年媒体にパリの記事に似た内容を書いたのですが、渡仏して10年以上たつ友人も、昔は同じ職場で一緒に「今月は何を買うか」で楽しんでいたお洋服大好き、お買い物大好きだったのですが、彼女も「最近新しい服なんて買ってない」「必要ないから欲しいとも思わなくなった」といいます。10年フランスに暮らしてフランス人的価値観になったということと、周りが他人を気にしないので本当に必要に駆られないだと彼女は言います。

【web magazine LIbera】Paris記事

春だからコートを買わなきゃ

先日彼女と久々に話した時に面白かったのが、この時期(春)に日本に帰ってくると老いも若きも皆ベージュのスプリングコートを着ていることにびっくりしたという話。彼女の70歳近いお母さんですら「春だから春用のコートを買わなきゃ」と言う、という話を聞いて、私は当たり前になっていて付かなかったことですが、海外の人から見たら奇妙な光景なんですね、きっと。

「春だからコート買わなきゃ」という思考は、「春なのに冬のウールコートを着てたらおかしい」という誰がいつ決めたかわからないけど、なんとなく浸透しつつある価値観が、メディアによる「春だから〇〇を買いましょう」という発信によって植え付けられた結果、制服文化の背景を持つ日本人にとって決められた服装やスタイルは「それが常識」ということに収まりやすいのでしょうか。周りと同じ服装をしないと不安、おかしいと感じてしまう、日本人の価値観と、購買志向が凝縮された話だと思ったのでした。

海外の展示会でも

海外の展示会に行くと「日本人のバイヤーが来た!」と凄く持て囃されます。私も最初の頃は「親日なんだな」と勝手に思っていたのですが、実は、他国のバイヤーに比べて日本人のバイヤーはオーダーする可能性が高いこと、オーダーが付いた時にビッグオーダー(高額)になる可能性が高いからだと、知り合いのフランス人デザイナーから聞いた時は「ああ、なるほど」と。

ヨーロッパやアメリカのバイヤーに比べ日本人のバイヤーは「買付けしてくれる=財布の紐が緩い」と思われているんですね。確かに実際日本人は「オススメされたら断りにくい」「海外でテンションがあがってしまっている」「海外に行ったら”なんか買わなきゃ”というよくわからない購買意欲にかられる」というのは実感としてあります。そうそう、モロッコのスークでボラれるのも中国人や韓国人ではなく確実に日本人なのです。

日本人は世界屈指の買い物好き

記事の中にもありましたが、確かに「〇〇(モノ)がないから買わなきゃ」とか「〇〇(コト)があるから買わなきゃ」というように理由をつけてお買い物する傾向ですよね。でもそれが本当に無いと困るかと言えばそんなこともなく、固定観念だったり、見栄だったり、他人と比べるゆえだとは思うのですが、買い物には、自分がより心地良く暮らす為だったり、自分の自信のない部分に新しい何かをプラスすることで、自信を持たせるポジティブな要素もあると思ってます。

アンチ断捨離

私は断捨離とかミニマリストという言葉が流行っていることにあまり心地よさを感じません。フランス人のように真夏にダウンを着ても「自分は自分」という他人を気にしない確固たるスタンスを持てていたら別ですが、「モノを持たないことが正しい」という風潮と,それを他人にも強要するような流れはあまり好きではありません。もちろん無駄なモノを買ってすぐ捨ててというサイクルは全く共感しませんが、買い物は楽しくて幸せなことで、決して悪事ではないと私は思うのです。

私は周りの人から見てもかなりの「バイヤー」っぷりです。仕事としてはもちろんなのですが、プライベートでも買い物はよくします。それは自分が一人の消費者であり、買い物する時の高揚感だったり、お財布を開く動機やタイミングをいつも自分が一番わかっていたいと思うからなのです。

モノを買う時に考える事

この仕事をしてもう20年近いので、衝動買いは全くありません。仕事としてモノを買う時はもちろん、プライベートでモノを買う時も、真剣に5W1H(いつ、だれが、どこで、何を、なぜ、どのように)誰がどこでどんな風に使うか?を考えます。そして、購入後どうなるか?の未来も想像してみて、自分の中で65%くらい越えたものは「BUY」に至ります。65%くらいのものは正直必要かどうかは賭けのようなところなのですが、チャレンジしてみることもまた勉強。試しに買って使ってみたら凄く良かった、意外と使えたということも多々あるというのも買い物の面白さなのです。

長く使う、そして育てること

買い物(お金を使う事)はとても勉強になります、また買ったモノをどう扱うかもまた勉強になります。必要最低限のモノだけでミニマルに暮らすというのも間違ってはいないと思います。それを自分が楽しめたら素敵なことです。ただし、それを最高の生き方と謳うのはちょっと違和感を感じます。モノを買って、それをどう使って暮らしを楽しくするか工夫するのが面白いのです。

自分が買ったものは「長く使えるもの、使う人にとって価値があるもの」でありたいと思っています。モノは使うと汚れたり壊れたり傷ついたりします、でもそこに少しだけモノに対して愛情があるとその頻度は少し減るように思います。愛情があれば直したり、汚れを綺麗にしたり、手を掛けます。そうして一緒に長く過ごすうちに益々愛着が増し、自分の暮らしの一部になっていくのです。モノは買い物のする時点では「ただのモノ」でしかありませんが、使う事で自分のアイデンティティや暮らしの一部として磨かれ育っていくのだと思います。

買い物は、「楽しい仲間探し」のような作業のように最近思うのです、私の仕事が“より良い仲間”が探せるようにお手伝いする仕事であればよいなと思います。

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